苦しい労働、喜びのある労働

労働を苦役と感じることもありますが、働く喜びもあると思います。苦しい労働、喜びのある労働、労働環境の改善について考察しました。

1.苦しい労働

労働していると、苦しいと感じること感じることがあります。その原因について考察します。

1.1.労働者への要求水準が高すぎる

1つめの原因としては、近年の労働は、労働者へ求める基準が高くなり過ぎていると考えます。仕事だから、プロだからという名分で、100点が当たり前であり、少しでも落ち度があると減点されて、要求水準と満たしていないと評価されることもあります。90点の出来でも、マイナス10点の仕事とみなされてしまうわけです。

要求水準を満たせないと、自己評価が低くなり、時には苦情を言われたりして、仕事がつらくなります。これについては、ことわざの「言うは易し、行うは難し」の原理も働いていると思います。要求する側(顧客や上長)は言う側であり、提供する側(労働者)は行う側です。要求はエスカレートしやすく、実現は困難もあるため、要求と実現の間にギャップが生じやすい側面もあると思います。

1.2.過度な効率化により労働意欲の継続が困難に

2つめの原因としては、生産性の向上や効率化を追い求めるあまり、利益にならない行為を極力排除することで、労働が苦しくなっていると思います。

生産性を追求しすぎると、時間とタスクに追われて、雑談したり、仕事を楽しむ余白もありません。究極的には、仕事という活動が人間的な活動を離れて、ロボットのような活動に近づいていくのかもしれません。人の自然な活動が制限されすぎることで、つらい労働になるのかもしれません。

目先の利益としては作業効率が上がるかもしれませんが、長期的にみると勤労意欲の低下を招き、あまり得策でないのかもしれません。

昔の農作業等の共同作業では、歌を歌ったり、雑談したりしながら、手を動かしていたこともあったかと思います。それらは作業を楽しむための工夫なのかもしれません。現代の労働においては、楽しむ工夫よりも利益や効率が優先されて、楽しむ余裕がなくなるのかもしれません。

2.喜びのある労働

どのような時に労働の喜びを感じるのか、考察してみます。

2.1.他者貢献や社会貢献

人は社会的動物でもあり、他者や社会に自分が貢献できていることを実感できれば、素直に嬉しいと思います。理屈というより、本能的な、DNA的なものと思います。仕事を通じてそれらを実感することができれば、仕事に喜びを感じられます。

2.2.能力の発揮や活動欲求

人は元来、自分の能力を発揮したいという欲求や、活動したいという欲求が、自然にあると思います。仕事を通じてそれらを実感することができれば、仕事に喜びを感じられます。

3.労働環境の改善

3.1.労働者ファーストな労働文化へ

日本の労働者の立場は、顧客や企業より弱く、顧客ファースト、企業ファーストになりがちです。

対顧客では、カスハラ等が悪い事例かもしれませんが、顧客のほうが、労働者より上という文化が、伝統的に残っていると思います。企業間でも、下請け企業より、顧客である発注元のほうが、偉いという空気があります。

対企業でも、労働組合等もありますが、まだまだ労働者の都合より、会社の利益が優先されている企業が多いと思います。36協定などの法律も、まだまだ労働者より、企業の都合を優先している感があります。

もう少し労働者ファーストの文化に移行できれば、労働の苦しさは軽減して、労働の喜びが増すのではないでししょうか。そして、労働者が働きやすい環境を整えることは、産業の発展や、労働に従事する市民の生活満足度の向上にもつながると思います。

3.2.スキルと労働時間のマッチング、適材適所

2.2で、喜びのある労働には、自己の能力を発揮できている実感があると記載しました。それには、仕事の内容が、スキルと合っていることが好ましいと思います。仕事の内容が、能力より高すぎても、つらい状況になりやすいと思います。人材の適材適所や、仕事とスキルのマッチングが重要になります。

また、労働時間の適材適所もあると思います。活動に喜びを感じるには、過度な労働で疲れ過ぎていないことが、条件になると思います。労働時間や労働負荷について、どれくらいが適切かも、スキル同様に個人差があり、人によると思います。例えば、1日8時間×週5日等の全員一律という考え方なく、幾つかの選択幅の中から労働時間を選択できる等、労働時間にも適材適所があったほうがよいと思います。

以上。