公園のアリを見て思うこと 災難を理不尽なことと考えるか

近くの公園で、草や土などの地面ををよく見ると小さなアリをよく見かける。地面をよく見ていないと、アリがいることに気づかない。公園を歩いていると、知らないうちに、何匹ものアリを踏んでしまっていると思う。

アリの立場からすると、僕に踏まれた時点で、そのアリの一生は終わるかもしれない。しかしアリは、突然踏まれて死ぬかもしれない地面へ、餌を取りに普通に出ていく。アリにとって、突然踏まれて死ぬことは、理不尽なことだろうか。または普通のことだろうか。

アリだけでなく多くの生き物は、捕食などの災難により死ぬこともあるけど、それを理不尽やあってはならないことなどと考えるだろうか。自然の営みとして受け入れているように思える。個体としては望んではいないけど、仏教でいうところの「諦め」のように、仕方のないものとして受け入れているようにさえ思えてくる。

一方で、人はどうだろうか。人は諦めが悪い。地震で家が壊れたり、病気で死ぬことになったり、事件事故の被害者になったり等、自分に非がないにも関わらず外から災難に合うと、理不尽な気持ちになる。心情的には分かる。

しかし、世界(自然界)とは、そもそもそういうものでもあると、踏まれるかもしれないアリを見て、そう思った。

人間の都合に合わせて地震のプレートが活動するわけでもないし、個人の都合に合わせて世の中が動いているわけでもない。自分でコントールできないことは、望みと違っても、諦めて受け入れたほうが道理に合うのかもしれない。

以上。