僕が考案した発明アイデア3件を、最近の2022年8月に特許庁に出願した。昨年度の2021年度に、僕が会社の知財部に提出した発明アイデア(詳細はアイデア発掘手法 特許など新規性アイデアの芋掘り)が、知財部の審査の結果、会社の特許として特許庁に出願することになったのだ。
期限は8月末。僕はアイデアの発明者という立場になるので、対応しないわけにはいかない。一方、本業のシステム開発のPM業務もさぼってよいわけでもない。つまり両方対応しないといけない。二刀流みたいな感じだ。7月8月は、本業のシステム開発PM業務と並行して、特許の出願業務も行っていた。
ただし、出願したら特許になるわけでない。第一ステージをクリアしたくらいだ。特許化するには出願後にも手続きや長い審査があり費用負担もある。それらを全てクリアすると特許という権利が得られる。今回は出願までで一旦終わる。続きは特許審査請求をすると特許庁による審査が開始されるが、特許審査請求(費用もかかる)は2年後秋頃に会社が事業性と対費用効果等により別途判断する予定である。3年以内に特許審査請求を行わない場合は、出願だけで終了する(取り下げ扱い)。
特許審査請求にかかわらず、出願したアイデアは1年半後に特許庁のサイトで一般に公開され、世の中に情報提供される。ちょっとややこしいが、日本の現特許制度では、出願イコール審査でなく、出願と審査を二段階に分けている。その理由や目的は、本記事で後に述べる。
ただ特許出願まで出来たことはよい経験になった。特許出願までに僕が体験したことを参考までに本記事に記載する。なお、企業秘密に該当する情報は隠蔽する。
特許というのは、クリエイティブで未来に向かい夢もある。知恵が財産になることも僕の好みに合う。書いてみようと思った。
1.始まり
始まりは、会社の知財部からの通知メールだった。時は2022年7月上旬頃。
「あなたが提出した発明アイデア(受付番号006)が、審査の結果、特許として出願されることになりました。発明者としての対応をお願いいたします。ご対応して頂きたい作業内容は以下です。・・・」
といった感じのメールが送られてきた。
正直なところ、僕のアイデアが特許として出願されることになるとは想定していなかった。僕の所属する開発部(約30名位)のノルマが、年間2件のアイデアを知財部に提出することだった。僕は間接業務として、部内の特許アイデア推進担当にもなっていたから、昨年度(2021年度)にアイデアを3件、とりあえず自分で考えて提出しただけであった。
しばらくすると、また同じような通知メールが送られてきた。
「あなたが提出した発明アイデア(受付番号007)が、審査の結果、特許として出願されることになりました。発明者としての対応をお願いいたします。ご対応して頂きたい作業内容は以下です。・・・」
再送メールと思ったが、受付番号が違う。すると、また同じような通知メールが送られてきた。
「あなたが提出した発明アイデア(受付番号0020)が、審査の結果、特許として出願されることになりました。発明者としての対応をお願いいたします。ご対応して頂きたい作業内容は以下です。・・・」
これも受付番号が違う。メールの内容をよく読むと、どうやら昨年度僕が考案した発明アイデア3件が、3件とも特許庁に出願されることになっていた。
2.特許原稿の作成
2.1.原稿の作成手段
特許庁に提出する原稿の作成は2通りの手段がある。
発明者が自分で作成するか、代理人として弁理士に原稿の作成を依頼するかである。
弁理士は国家資格で、特許出願の代理ができるのは弁理士だけと法律で定められている。弁理士は特許事務所を開設できる。特許事務所のスタッフは、弁理士の資格がなくても可能だが、特許庁への出願の代理は、弁理士の資格がないとできない。
特許事務所に原稿作成を依頼すると、ネットの情報では、1案件約30万円位かかる。
今回の原稿作成は、弁理士のいる特許事務所に依頼した。費用は全て会社持ちだ。僕は会社が契約した特許事務所へのアイデアの説明、質疑応答、特許事務所が作成した原稿のチェックをすればよかった。後は特許事務所が代理で進めてくれる。
2.2.特許事務所との面談(インタビュー)
まず原稿の作成開始の前に、依頼先の特許事務所の担当者と打ち合わせを行い、出願するアイデアの説明、出願にあたり必要な情報の質疑応答、原稿の記載方針などを整合する。特許事務所の担当者は、この会議を面談と呼んでいた。
面談は、概ね特許事務所の担当者が発明者である僕に質問し、主に僕が回答する形となった。質問事項は3営業日前位に事前に配布されていた。「〇〇の実現方法については、どうお考えですか」という質問が多かった。特許の原稿作成などやったことがなく出願することになる想定もしていなかったので、大体の質問に対して、僕は元々何も考えていなかった。しかし、先方もわざわざ時間を作ってくれているので、回答なしも悪いと思い、自分なりに考えて回答した。
質問の多くは、製品化するにあたりどう具体的にどう実現するか、概略設計のような内容だった。特許とはアイデアが重要なので、発案段階では実現方法はあまり考えていなかった。しかし、特許庁に出願する特許明細書と呼ばれる原稿には、少なくとも一例くらいは実現可能な方法を記載しないと実現性に乏しいと判定され、審査が通らないらしいのである。各部品の連結方法(ネジ止め、接着等)、各部品の制御方法(モータや回転軸等)、処理フローなど、このように製品化すればアイデアを実現できるという方法を実現例として、少なくとも一例は記載する必要があった。
一応、システム設計開発の仕事を長年してきたので、概略設計は不慣れではない。例えばの実現方法をとりあえず回答していった。設計の最適化は問われない。アイデアが実現可能な例を示せればよい。2点だけ追加検討の宿題が残ったが、概ね整合できた。3案件で3時間程度の面談だった。
2.3.原稿の作成
面談後に特許事務所の担当者が原稿を作成する。原稿作成時に質問や確認事項が発生したら、メールで依頼がくるので、内容確認し回答やコメントを返信する。面談時に概ね整合できていたので、追加の確認は1案件1回程度だった。
2.4.原稿のチェック
8月中旬頃から完成した原稿が順次送られてきた。各々1週間くらいを期限に、発明者として原稿のチェックを行った。原稿は1案件あたり20~30頁程度、3案件で75頁位あった。主に面談で整合した内容が正しく反映されているか、発明者の意図と異なる内容がないか等をチェックした。概ね(95%位)問題なかったが、一部(5%位)に認識相違があり、指摘を行い、手直しをしてもらった。こうして、原稿が出来上がった。3案件とも8月末の期限に間に合った。
3.出願後に特許になるまで。
3.1.出願後に特許になるまでのフロー
特許出願から特許権利を得るまでのフローは概略すると、
特許出願→特許審査請求(出願後、3年以内)→特許庁の審査(1~2年位)→審査結果確定。特許査定(合格)or拒絶査定(不合格)→特許登録(特許権の発生)
といった流れになる。
詳細は下記特許庁のフロー図が分かりやすいので、参考までに記載する。
参考URL(特許庁):https://www.jpo.go.jp/system/basic/patent/index.html
3.2.出願と審査が二段階の理由や背景
主な背景を以下に記載する。
・昔は出願された発明は全て審査されていたが、出願件数が多く、特許庁も全てを審査することが困難となった。
・出願の中には、権利化まで希望せず、防衛的に(他社の特許取得防止等のために)出願されるものも多い。
・出願後に事業化する予定がなくなり、権利化する必要がなくなるケースがある。
・出願公開制度により自分より先の出願があれば、審査が無駄になる。
このような背景から、本当に権利化を希望する出願だけを、所定の期間内に審査請求する制度になった。出願人は無駄に審査費用を支払うことが減り、特許庁は審査件数が減るメリットがある。
3.3.特許出願の一般公開
特許庁に出願された発明アイデアは、特許審査請求にかかわらず、1年半後に特許庁のサイトで一般に公開される。出願公開制度と呼ばれる。主な目的を以下に記載する。
・発明や特許出願が重複して行われることを削減する
特許法では先願主義が採用されており、同一の発明について複数の特許出願があった場合、最初の特許出願人だけに特許権の取得を認める。特許出願から特許となるまでには多くの時間を要する。特許権が登録されるまで公表を待つと、その間に特許を受けられない無駄な投資が行われるリスクが高まる。
・出願公開された発明をベースに新たな発明を促進する
特許出願から特許となるまでには多くの時間を要する。出願公開制度があることによって、出願内容が一般公開されるタイミングが早まり、産業発達スピードを向上させる効果が期待される。
4.特許アイデア考案で重要なこと
最後に特許アイデアの考案から特許庁への出願までの体験から、特許アイデアの発案で重要と思う点を述べる。
4.1.特許アイデアの条件とハードル
特許の条件は、シンプルに言うと、従来にない方法で課題を解決することである。従来にないとは、世界初ということである。新規性と進歩性が求められる。
仮に期限切れの権利を失効した特許であっても、同じものが過去にあれば、新規性なし(従来にある)という扱いとなり、特許にならない。先に特許出願されていれば、先行技術ありとなり、特許にならない。
Googleで検索して、実証実験が行われていたり、どこかの研究チームが発表していたりすると、新規性なし(従来にある)という扱いとなり、特許にならない。
つまり世界のどこかで、誰かが同じ解決方法を公表していると、その時点でアイデアは没となる。ここが、特許のハードルが高い点であり、チャレンジングな点でもある。
4.2.そのちょっと高いハードルを超えるために
4.2.1.失敗アイデアを前提とする
良いアイデアは比較的思いつく。しかしgoogleで検索してみると既にどこかの誰かが同じことをやっている。せっかく考えたアイデアだが没となる。
次に別のアイデアを考える。そしてgoogleで検索してみると、また既にどこかの誰かが同じことをやっている。次のアイデアも没となる。この繰り返し。
僕の経験では、8~10回くらいは普通に連続して没になる。まだ誰一人公表していないアイデアという条件からすると、これくらいは当り前と考えたほうがよい。4~5回くらい連続でアイデアが没になったくらいで諦めると、たぶん特許レベルのアイデアはなかなか産まれてこない。
10回、11回とそれでも続けていくと、10回や20回に1つ2つと、googleで類似がヒットしないアイデアが出てくることがある。そのアイデアを特許庁の特許出願を検索できるサイトで同様に類似がないか調べる。googleと特許庁のサイトで、それぞれ類似がなさそうなら、そのアイデアについて、更に検討を進める。
ここで重要なことは、特許レベルのハードルをクリアするアイデアを1件創出しようとすると、10個くらいの失敗アイデアは当然のように前提としないと、その1件までなかなか、たどり着かない。僕の場合でも、昨年度(2021年)に3件の発明アイデアを創出するために、少なくとも30個くらいのアイデアは没になっている。エジソンの言葉を紹介する。
《参考文献(エジソンの言葉)
・私は失敗したことがない。ただ一万通りのうまく行かない方法を見つけただけだ。
・ほとんど全ての人間は、もうこれ以上アイデアを考えるのは不可能だというところまで行きつき、そこでやる気をなくしてしまう。勝負はそこからだというのに。
--ここまで参考文献》
4.2.2.従来が少ない分野が狙い目
特許では、従来にない方法が求められる。従来にない方法を掘り当てるには、まだ多くの人がやっていない分野のほうが、当たる確率が高い。それには2つの方法がある。
・先端技術分野で検討する
先端技術による課題解決は、先端であるほど過去に検討した人が少ない。例えば、昔はAIなどなかった。AIがなければ不可能だが、AIを用いれば解決できる課題を、AIを用いた従来にない方法で課題解決すると、それが発明アイデアになる。ここで、AIについての技術的な専門知識はなくても問題なく、AIで何ができるか知っている程度でよい。特許で問題とされるのは、アイデアの新規性や進歩性であり、専門知識の深さではない。ちなみに、僕が昨年度(2021)に考案したアイデア3件のうち、2件はIoT(Internet of Things)を応用したものだが、IoTは僕の専門ではない。よく知らないからネットでちょっと調べた程度だ。
・未来課題について検討する
既存の課題は、既に誰かが検討している可能性が高い。ちょっと先の未来の課題について考えて、その解決策を発明アイデアとして検討する。SDGsには、世界が共通で取り組むべき、近未来の課題が提示されていて参考になる。ちなみに、僕が昨年度(2021)に考案したアイデア3件も、SDGsの17の目標と169のターゲットをネットで参照しながら課題設定した。
4.2.3.常識を外して考える
特許では、従来にない方法が求められる。従来にない方法を考える上で、特に阻害要因となるのが常識という認知バイアスである。常識というのは、従来の考え方の集合体とも言える。つまり、特許で求められる従来にない方法とは、常識的でない、非常識な考えのほうが、新規性のあるアイデアになり易い。
僕は、小学生高学年の頃から、常識は参考意見の1つに過ぎないという考えでずっと生きてきた。常識とは、その時点において多数の人にとって都合がよい価値観に過ぎない。それはそれで、その時点の社会生活を円滑に過ごす上で一定の価値はあるかもしれない。ただそれが、普遍的に変わらない永続的な価値を有するとは思えない。常識とは、その時その社会における一時的な価値基準であり、おそらく未来の常識からは、現在の常識はいずれ否定されることになるかもしれない。一方で、本当に価値のあるものは、時代が変わっても残り続け、その普遍性が後の時代から証明されていくと思う。アインシュタインの言葉を紹介する。
《参考文献(アインシュタインの言葉)
・常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう。
--ここまで参考文献>
つまりは、僕は常識を外すことに慣れているが、常識が染みついている人は、たまには常識を外して考えてみると、新しい発見があるかもしれないということである。
以上。